『臨床喫茶学』・・もう一つの茶の道・・7;ハレ・ケ・ケガレの生活律喫茶

 忘れられた衆生安楽への生きた生活喫茶・・7

 ハレ・ケ・ケガレの喫茶を詠んだ菅原道真・・3・・生活弱者に優しい詩「寒草十首」


 「寒草十首」は菅原道算が仁和二年(886年)三月二六日(42歳)に讃岐守して讃岐に着任、四月七日に府内を巡視した後、その十月に詠んだ詩です。

 川口久雄注、日本古典文学大系72「菅家文草 菅家後集」(岩波書店)の菅家文集の巻第三に全十首を詠むことが出来ます。

 私は、マルキリ漢詩はダメですので川口久雄注を紹介します。

 前回紹介しました菅原道真本にも全十首ではありませんが、それぞれの著者が取上げていますから詠むことが出来ます。


 「寒草十首」は、「冬になって、どんな人に、ことに早く寒さがきびしく感ぜられるかのであろうか」を十首連作で詠んだ五言律詩で、「人」「身」「貧」「頻」四字は韻をふんでいます。

 全十首で取上げている人たちは以下のような貧しい人たちに向けられています。

 万葉の詩人で役人だった山上憶良の「貧窮問答歌」とともに我が国の代表的な役人による生活弱者に優しい目を向けた人による詩です。

  ・第一首「走環人;他国に浮浪逃走したが、逃亡先から放環された人」
   
    何人寒気早  何れの人にか 寒気早き
    寒早走還  寒は早し 走り還る人
    案戸無新口  戸を案じても 新口無し(戸籍にてらしあわせても、そういう新しく走せ還った人の名前は見当たらな               い)
    尋名占旧  名を尋ねて 旧身を占ふ(姓名を糺問して、その出目や故郷を推量する)
    地毛郷土瘠  地毛 郷土瘠せたり(土地からの生産物が少ない)
    天骨去来  天骨 去来貧し(郷里の土地は痩せて、幾ら労役しても実りが少なく、あくせく往来するままに民の骨               ぐるみ貧弱になる)
    不以慈悲繁  慈悲を以て繋がざれば(国師が慈悲ある政治を行い、百姓の心をしっかり繋ぎ留めておかなければ
    浮逃定可  浮逃 定めて頻ならむ((生活の苦しさ、税の重さ、諸院・諸宮・諸司・諸家の手先たちの脅迫に耐え               かねて、浮浪逃散するものでてくる)

  ・第ニ首「浪来人;他国より部内に流入してくる流離浮浪の人。公民からの脱落者で浪人とも言う」

    何人寒気早
    寒早浪来人  寒は早し浪れ来れる人(税の重い負担を逃れ避けようと思って他国より逃散してきて、土民の間に寄               生する下層農民)
    欲避逋租客  避けまく欲りして租を逋るる客は
    還為招責身  還りて責めを招く身となる
    鹿裘三尺弊  鹿の裘 三尺の弊れ(三尺の鹿の革のジャンバーもボロボロに破れている)
    蝸舎一間貧  蝸の舎 一間の貧しさ(カタツムリの居に似る貧しい一間のあばら家)     
    負子兼提婦  子を負い 兼ねて婦を提ぐ(婦子同伴、家族づれの浮浪人)  
    行行乞興頻  行く行く 乞興頻なり(寄生してきた浮浪人たちがウロウロ物乞いに出歩くのに対して、在地の百姓                たちがしきりに食を与える)
    

  ・第三首「老鰥人;妻を失ったひとりみの男」

何人寒気早  
寒早老鰥人  寒は早し 老いたる鰥の人
    轉枕雙開眼  枕を転して雙び開く眼(枕を動かして寝付こうとして輾転反側して、両眼をパッチリ開けている)
    低軒独臥身  軒に低れて 独り臥する身(軒を高くすることのできないみすぼらしい小屋に、独り寝ている男)
    病萌逾結悶  病い萌しては いよいよ悶えを結ぶ(老いた体に病気もきざしてイヨイヨ煩悶がかさなる)
    飢迫誰愁貧  飢え迫りても 誰か貧しきを愁ふる
    擁抱偏孤子  擁抱す 偏に孤なる子(母親を失った幼児を抱きかかえて)
    通宵落涙頬  通宵(夜もすがら)落涙頬(落涙頻りなり)  
    
  ・第四首「夙孤人;早く父母を失った孤独の人」 

    何人寒気早 
    寒早夙孤人  寒は早し 夙に孤なる人
    父母空聞耳  父母 空しく耳にのみ聞く父母はもう眼でみることが出来ないで空しくその話を聞くばかり)
    調庸未免身  調庸は身を免れざず(幾ら孤児であっても調庸の義務は免除せられない)
    葛衣冬服薄  葛衣 冬の服薄し(冬も夏きる葛衣の薄いものを着ている)
    疏食日資貧  疏食 日の資け貧し(毎日の生活を支える不味い食べ物も貧弱だ)
    毎被風霜苦  風霜の苦しみを被る毎に
    思親夜夢頻  親を思いて 夜の夢頻りなり

  ・第五首「薬圃の人;薬草園の園丁。薬圃は薬草を植えた畑」 第五首

    何人寒気早 
    寒早薬圃人  寒は早し 薬圃の人
    弁種君臣性  種を弁ず 君臣の性(薬草には色々様々の種類と格付けがある、それを弁別する)
    充徭賦役身  徭に充つ 賦役の身(賦役の義務にある身だから、薬圃に働くことを以って徭役に充当している身)
    雖知時至採  時至らば 採ることを知れども(薬草を)
    不療病来貧  病い来りて 貧しきことをを療さず(いくら薬草を採取しても、病気になって貧しいこの境遇を直すこと               は出来ない)    
    一草分銖缺  一草 分銖をだに缺かば(わずか一本の薬草の一分一厘でも不足していたとしても。一分一銖 ほん               の僅かの分量
    難勝箠決頻  箠決の頻なりるに勝へ難からむ(鞭でうって傷つけられることが頻りで、耐え難いことであろう)



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