信天翁喫茶記

  信天翁喫茶:レトロモダンの鎮め自活力;正岡子規の百日

   「信天翁喫茶 入門 益荒男が茶の道」(http://www.sophyrich.com/)

 ・・不安の時代の自活力を育む・・

 NHKテレビ番組のロバート・キャンベル「Jブンガク」(NHKテレビテキスト)で正岡子規(1867〜1902)による生前最後の六尺の病床の世界を記した随筆「病床六尺」を取り上げています。

 「甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も動けない事がある。 苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤、僅かに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢無さ、それでも生きて居ればいいたい事をはいひたいもので・・・」と当時、不治の病であった結核性の脊椎カリエスによる立つ事もできない死の床・病床六尺の世界に「生命力に満ちた強健な精神とたゆまざるユーモア」を記しています。

 連載が100回目を迎えた時に「自分の命がいつ尽きるとも知れない不安と闘いながら、100回を迎えたことを」喜んで「この百日という長い月日を経過した嬉しさは人にはわからんことであろう」(I'm sure most people can't grasp how happy it feels to have made it through one hundred long days」としています。

 「病床六尺」は、127回までで終わるのですが、一枚一枚と書けることによって、死の二日前まで生きていることを確かめていたのです。

 身動きが自由な一日を過せるがゆえのありがたさは、幕末の歌人橘曙覧(「独楽吟」)にある日常の平凡で身近な生活での楽しみや幸せを歌い上げている心となります(「信天翁喫茶 入門 益荒男が茶の道」)。
 
 鎮めの自活力ある正岡子規や橘曙覧の命の輝き、ほとばしりは信天翁喫茶が求める日常茶飯での不安の極致にありながらの育むべき心のイケメンある自活力です。