オタピー茶の湯;   日常茶飯の「こころ」・・30

 オタピー茶の湯は日本のグローカル文化; ハイカルチャー、ポップ、キッチュサブカルチャーとの界を紛らかす・・30

 茶礼の喫茶・・3・・夢窓疎石

 夢窓疎石(1275〜1351)は、鎌倉時代末期から室町初期の臨済宗の禅僧。

 和魂漢才の和漢兼帯、和魂文化兼帯の文化人。

 茶の湯の開山とも言われ、喫茶の風流化に加えて、和歌を愛好して、詩歌の連歌を「和漢連句」として、詩歌管弦もとり込んだ和風文化の開山をした偉人と私は思うのです。

 詩歌管弦、喫茶の環境として、山水を取り込む建築や庭園設計にも工夫をしています。

 西芳寺天龍寺瑞泉寺などの庭園の設計などは、その代表。

 西芳寺は、幽玄の仙境を感じさせる和風が漂っており、東山文化の義政が、疎石に追慕の念を持った気持ちが理解できます。

 飲茶に、精神性と芸術性を感じさせる環境を感じさせます。 

 飲茶道具として、大応国師南浦紹明)から贈られた唐物道具の台子を取り込んだとも伝えられています。

 足利尊氏による「建武式目」(1336)には、既に、「群飲佚遊」は制せられるべきこととして、「茶寄り合い」を連歌の会とともに禁止しています。

 政治的な意味での「寄り合い」に対する介入とも言えますが、当時、飲茶に伴う乱れにも問題があったことを窺がわせますが、夢窓疎石による、尊氏の弟・直義との問答「夢中問答集」(1344、「夢中問答」・佐藤泰舜校訂・岩波文庫)には、茶は静かに飲むべきことと禅茶の精神、禅院の茶礼の粛正、禅院清規の振粛に言及して、当時の“乱れ”を問題にしています。

 「夢中問答集」は、禅の入門書としての心構えのみならず、「茶徳」、「芸道書」としても意味があり、和漢の界を紛らかす、和の文化の創生・風流化の先達であり、世阿弥一休宗純村田珠光に連なる文化人だと言えます。

 世阿弥の芸術論「風姿花伝」、一休宗純「狂雲集」、村田珠光「こころの文」とともに、和文化理解の必読書と思います。

 夢窓疎石は、茶礼の喫茶、会所の喫茶を統合した、ワビ・サビの茶の湯の先達・元祖と言ってよい文化人だったと評価できます。

(Dr.BEAUT・ソフィーリッチでは「コレステロールは悪者ではない・・我が国の心疾患、脳血管疾患死亡は、動物性脂質,タンパク質摂取量が上昇してから低下傾向にあり、炭水化物、カロリー摂取量は低下傾向になってから」を話題としています)

楽天、ミクシイでは「素肌美とコレステロール・・ほとんどの女性は、高コレステロールの心配なし」を取り上げています)

Googleでは「スクアレン(スクワレン)とコレステロールは、素肌美のキー成分」を取り上げています)

お気に召したらクリックどうぞ →