ワンピース・ONEPIECEと「和せず長らう共食共生の仲間」・・7・・
勝負は勝負!・・他のことと絡ませない潔さ
ルフィが男子禁制の女ばかりの島・アマゾンリリーでの戦い。
如何にもルフィらしく、一途で一心、一筋に志であるワンピースを手に入れて海賊王への道を突き進む明確な姿勢をはっきりさせて勝負する。
それ以外のことでも当面の敵であってもそれ以外のこととも絡ませない。
メメしくも個人的な情念と絡ませる人たちが心得なければならないこと。
ヘビ姫と言われる女帝ボア・ハンコックと二人の妹と闘うシーンにルフィイらしさがハッキリします。
海賊の七武海として世界政府公認となるほどの海賊女帝で超人系魔女。
ローマの円形劇場・コロッシアムのような場で女性ばかりの島への不法侵入者として処罰されるために、強敵たる二人の妹と戦わねばならなくなったのです。
絶対的な皇帝として君臨する女帝ハンコックとその妹たちは背中に島民には絶対に知られてはならない奴隷だったことの証しとなる天竜人の紋章が刻み込まれています。
戦う場面です。
ルフィはまず、決死の戦の前に自分を助けてくれたために罪を問われて凍結されてしまった女性の命を救うために破壊されないようにと危険なところから安全な所へ非難させておく配慮をします。
ルフィは二人の能力者の攻撃にたじたじとなりながらも一人の妹が衣服の背中に火がついて民衆に見られてはならない入れ墨がみられる可能性があったのですが、ルフィは攻撃を止めて入れ墨の部位をカバーして危機を救ったのです。
それを見たハンコックはルフィの心に敬服して認識を改めました。
その後に前に女帝だったが追い出されたグロリオーザは女帝・ハンコックに次のように言います。
「今やルフィはそなたたちの恩人だ!
国をあざむくことは出来ても自分はあざむけない!
そなたたちの背中に刻まれたものはダマせない!」
しかし、ルフィは「俺たちの勝負と背中の傷とは別だ!」
グロリオーザは「一切迷わない」ルフィに敬服です。
いかな個人、集団、国家などとの如何なる怨念とも絡ませずに、勝負は勝負と純な何物にも縛られこだわらないすばらしさ。
よく話題になる武士道は、主君のためには潔く死すべき道。
そのことは、正々堂々であれこれ後になって言い訳せずに潔くする道。
“本当はどうしたかったが、誰それがああ言ったこう言った”と言い訳ばかりが目立つ。
問題が起こると整列して型どうりの頭を下げて再発防止に努めると嵐の過ぎるのを慇懃に待つ。
男らしさ、女らしさを問わず、蔓延しているみっともなさがある!
「愛人と隠し子」が話題になったフランスの前大統領・ミッテランのように“だからどうした!”と返答する人の方が立派に思えてきます。
また、国と国との関係、政治の世界や商売の世界のみならず、学術研究の世界、狭い地域の習俗の世界に至るまで人間的な性(サガ)と言えるようだ。
無条件降伏しておいて、今更、戦犯の裁判で公平性を欠いたというのは大和魂の武士道を語るのも潔しとしない。
従軍慰安婦はどこの国でも例えやっていたとしても潔しとしてこそ武士道。
国家権力や組織で、部下は言われたことに従順に従うのが武士道だとの勘違いをしていないか。
スポーツ界の暴力事件などはとんでもない勘違い。
ルフィや麦わら一味のような「勝負は勝負」との潔さこそ清々しい。
現世は「社会正義」を如何に唱えていても怨恨の情念世界は別のよう!
しかし、ルフィは命をかけた勝負でも、そこはハッキリと区別しているのです。
善悪、敵味方を越えて、ルフィらしく勝負をする。
その心が未来社会も含めてスガスガシさを呼ぶ!
勝負は勝負と他のことと絡ませることなく生きよう!
勝負がすんだら、ルフィのように宴だ宴だと日本列島では日本食の伝統たる縄文時代以来の囲炉裏を囲んで鍋料理を腹いっぱい食べる!ぐらいの心の豊かさが求められていると思うのです。
一人ひとりが麦わら一味のように目標を持って、立場によって変わらない正義以外はダカラどうしたと私が金言とする「志を持って失うものがあっても学びながら前に進む」で人生を突き進んで生きているを喜びとしよう!
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